あいつ何してる?VOL.51【昭和54年卒 塚越恵基先輩】
同期の金田(旧姓田代)先輩からのバトンリレーでご寄稿いただきました。学生時代の懐かしい思い出話や写真、そして近況の写真をお楽しみください。
(以下、塚越先輩のご寄稿)
立教大学剣道部は我が心のふる里
紫光会の皆様、大変ご無沙汰しております五四年卒業の、茨城県立下妻第一高等学校出身経済学部経済学科卒業の塚越恵基でございます。今回、同期の金田(旧姓田代)君よりのバトンタッチで筆を執らせていただきました。卒業後地元に戻り、なかなか竹刀に触れる機会がなくなり、代わりにゴルフのグリップを握ることが多くなっている今日この頃です。
半世紀前の出会い(剣道部と多くの人達)
暗い浪人生活が終わり、夢と希望に満ち溢れた大学生活に胸弾ませながら、蔦の絡まる校舎や桜の花びらが舞う構内を歩き回るうちに、剣道部の勧誘している皆さんにお会いし、あいがある剣道部に入部してしまったのでした。その時は大学の体育会の意味を理解していませんでした。同好会のイメージが頭にはあり、あまり深く考えていませんでした。しかし、現実は異なり、まず、道場が池袋ではなく埼玉県の志木から更にバスで行った富士見町にあることに驚き、一年生は午前中の履修しかできない事、そして、常時学生服着用である事に、急遽実家より学生服を取り寄せたものでした。学生服着用については、下宿生としては、慣れると着るものに悩むことがなく助かりました。こうして、私は剣道部と出会いました。
その時、入部したメンバーが男女合わせて十一人の友達以上の兄弟のような付き合となっていく掛け替えの無い面々との出会いでした。年齢も多少差が有り、育ってきた背景も違う、個性豊かな面々がお互いに理解し尊重して、時には喧嘩もしながら、何とも言いようのない良い雰囲気の共同体を作ってきました。これは、どの代にも云えることと思います。その土壌となるのが、一年次の生活パターンにあると考えます。学食で早めの昼食(かつ丼)を搔っ込み、一二時台の東武電車で志木へ、そこから一時間に一本しかないバスで道場へ、掃除、準備、稽古、後片付けで、最終バスに乗り帰る。池袋に戻るのは夜の八時頃か。このような繰り返しをオフ以外、毎日続け。また、何をするのも常に全員一緒の行動が、強い連帯感を育んでくれたと思います。今考えてもよくやってこれた、または、皆がいたから続いたと考えます。私の人生の最高の宝物と云えます。そして、打木先生、地福先生はじめ多くの先輩・後輩の皆様に出会えたことは本当に素晴らしいことでした。
剣道部で学んだこと(常に前を向く)
剣道部に入部し、一~二か月過ぎた頃、毎日前述のような生活を続けるうちに、人間の弱さが出てくるものです。よく五月病と云われますが、毎日の志木往復の辛さ、剣道部以外の友達が楽しそうに放課後を謳歌している様子を見るに、『やめたい』と云う悪魔のささやきが聞こえてくるのでした。そして、この場所から逃げ出したいという欲求が日増しに強くなってきた、そんな時に声をかけていただいたのが二学年上の兵庫出身の先輩でした。先輩も下宿生活でしたが。その日は東武デパートの本当のお寿司屋さんに連れて行ってくださり、話を聞いていただき御馳走になりました。私はやめる理由を「アルバイトも出来ないので親に申し訳ない。」とか、親にこじつけた言い訳をしたのを覚えています。先輩はたぶん本心を見抜いていたと思いますが、「やる気ならば剣道部とアルバイトは両立できる。」「果たして親は剣道部をやめてアルバイトをすることを喜ぶのかな。」と言うと、即アルバイトも紹介していただき、私のやめる理由は何もなくなったのでした。あの時の、親身に相談に乗って頂いた先輩が居なかったら今の自分はないと考えます。そして、先輩の経験に裏付けされた事実のお話は何物にも優る強い物と実感致しました。その後の社会人生活において、若い人達の面倒を見る立場になった時、悩んでいる人に対しての親身の対応と、自分の経験に基づく事実の話をすることを大切にしてまいりました。お蔭で私はその後、悩むことなく剣道部そして何事にも一生懸命励む姿を親に見せることが子の役割と考え進んで参りました。
次に、これも人間の弱さの克服というお話です。掛稽古において、極力優しい基立ちのところに当たりたいと願うのは人の常。と、思った時がありました。でもそんなに、うまくいく訳はなく、その日は「餌食」となるのですが、手足は動かず、声も出ない、フラフラになっても終わらない。益々下を向いてしまう。このような、状態が二~三ケ月過ぎた頃、ある雑誌で「死ぬ気になれば、なんでもできる。」と、云う言葉を目にしました。どのような記事の内容かは忘れましたが、ビリビリと刺激を覚えました。掛稽古で止められることを恐れて最初から気持ちが逃げてしまい
相手にもそれが伝わり、逆に長くなる。負のスパイラルが出来上がっていました。そこで、「掛稽古で死ぬことはない、死ぬ気で相手を倒せ」と、云う気持ちで臨んだところ「ナイスファイト」と、胴をバチンと打って貰った時の喜び、爽快感はひとしおでした。これは人生でも同じです、沢山の壁が我々の前に立ちふさがりますが、「逃げずに死んだ気で立ち向かえば何とかなる。」と考えられるようになり、生きていくうえでの私の心の灯台となりました。私の人間形成において剣道部、そして、同期はじめ先生、諸先輩・後輩の皆様は大きな影響と力を与えて下さいました。本当に、立教大学剣道部の一員として過ごせたことを本当に感謝いたします。
六五歳で民間企業をリタイアして、現在は地域の自治会関係や青少年育成のボランティアに携わり、趣味のゴルフと家庭菜園で汗を流し、年に何回かの同期との飲み会を楽しみに、日々、明るく元気に何事にも一生懸命頑張っております。

最後になりましたが、立教大学紫光会の益々のご発展と、皆様のご健勝をご祈念申し上げ終わりとさせていただきます。拙文にて失礼いたしました。
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