あいつ何してる?【昭和60年卒 平塚保治先輩】 一年時の四年生 昭和57年卒冨樫先輩からのご指名です!
いまは亡き打木城太郎さんが剣道部の部長先生で、監督が嶋田文男先輩だったころ、かれこれ、もう四十年も前の話である。
合宿中に城太郎さんが喫茶店に誘ってくださったことがあった。そこで聞いた話の中で、嶋田監督がまだ現役だったころ強豪校との練習試合があり、試合後に地稽古が行われた。そして稽古の順番待ちをしている時に、道場にあるものがころころと転がっていたという。先生は「それはな、う○○なんだ、押忍」と言った。あまりにも激しい稽古のために、ビー玉ほどの乾いたう○こがころころと道場に転がっていたそうだ。城太郎さんはひと言「ロマンだ、押忍」と言った。
稽古中に転がっているモノを見てロマンを感じる。いかにもの城太郎節に「汚いとかではなく、あれはもしかしたら自分がしたのかもしれないって思うところにロマンがありますね」とぼくは言った。すると城太郎さんは「そうなんだ、その通りなんだ、押忍」と言った。
社会に出てから、岡山で二年、京都で六年間、板前として働いたあと、ぼくは店を辞めて車で日本一周の旅に出た。およそ数か月かけて日本中をあちこちと回ってから、当時山梨県に住んでおられた城太郎さんの自宅を訪ねる機会が持てた。新しい仕事に就こうとは考えていたものの、まだ劇的な何かを追い求めていたぼくに、城太郎さんは「生きるに飢えのあるお前はもう文学の徒として生きていくしかない。生活に必要な金を稼ぐ方法は何だっていい。生きるに不具な人間を見よ。押忍」と言ってくれた。
その後、千葉県の進学塾に七年ほど勤めた。それは生きるに必要な金を稼ぐためだけの面白くない仕事だった。その間に文章講座を受講して、本格的に文章修行を始めた。塗り絵みたいに原稿をアカだらけにされて突き返され、クソミソに貶されながらも書くことに飽きはこなかった。そして、三十七歳のときにポルトガルに住んでみようと決めて仕事を退職した。とにかく目に見える景色と当たり前の考え方を、理屈ではなくリアルにがらりと変えたかった。常識なら、普通ならば、という座標軸から一度抜け出した世界をこの目で見たかったのだ。
だが、海外旅行の経験すらないぼくは出発が近づくにつれ不安がつのり、果たしてこれでいいのかと逡巡する日々が続いた。そんな時にたまたま城太郎さんと連絡を取る機会があったので事情を話し、言葉もわからぬ異国に行く迷いを語った。
「人はやたらと人生に意味を追い求めるが、己の力など小さなものでしかない、宇宙の流れに身を任せて、ただただ幼児のごとく楽しんでくればいい。押忍」と言ってくれた。
その後、五年間の異国での思い出と縁あって飼うことになった五十キロもの大型犬と一緒に帰国して、ぼくは岐阜県の不登校生を支援する学校で働き始めた。しばらくして城太郎さんが施設に入居されたと聞いた。当時、無理をしてでもたずねて行けばよかったと今でも悔心が残っている。
生きていると、何かに蹴躓くかのようにして立ち止まって、歩んできた道を振り返る時がある。そこには無数のもしもが転がっている。後悔、失敗、歓喜などを懐古しつつ、あの時もう一歩踏み込んでいればと蒼い盛りを顧みる。そんな時に、じんわりと鳩尾の辺りに歳月を感じるものだ。
ポルトガルに行く前に城太郎さんから「死んだ男と」というDHロレンスと城太郎さんの対話を綴った本を送っていただき一緒にお手紙もいただいた。手紙には「時代とともに舗装されてきた道を嫌い、四十六億年もの前からつづく野道に宿る魂、これを生命と呼ぶ」と記されていた。
いろんな職を転々とし、異国の地で自由と孤独を味わい、帰国してから二十年。いまも何とか生きている。あの閑散とした志木の剣道場でお会いしてから、人生の節目、節目で城太郎さんとの縁があった。不思議であるが、ありがたいことだ。
2019年に逝かれる前にお会いできなかった悔いは消えることはない。
「迷うからこそ道が見える、悩むからこそ流れに身を任せる」「損得に左右されず、獣のごとく悩まず、他人に説明する必要も理解してもらう必要もない。雲水僧のごとくひとりで生きるのみ」「よろず転がり込んできた道こそベスト」
城太郎さんが教えてくれた訓示に導かれるように、いまぼくは文章を生業として生きている。エッセイ、小説と何冊か出版させてもらい、貧しいけれども物語を創造し、言葉を紡いで毎日を過ごしている。自慢できる生き方ではない。だが、「まあ、そんなもんだ、平塚、押忍」城太郎さんのそんな声が聴こえてくる。
昭和59年度 卒業
追伸
今年の夏前に、磯野さんからお電話いただいたあと、すぐに富樫先輩から連絡をもらった。そして「あいつなにしてる」に寄稿する運びになった。紫光会のホームページをあけるといきなり「中照禅主」が目に入ってきた。これもご縁である、お二人に感謝したい。
ここで厚かましくも拙書を紹介させていただく。
「おーい、モモ松」
「影なき明日に向く」
「狂育者たち」
いずれもアマゾン、楽天ブックなどの通販で購入できます。よかったら読んでみてください。
できるものなら城太郎さんに一読していただきたかった。押忍。
2024年9月吉日
平塚保治
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